19世紀末の北ボヘミアでガラス職人の家に生まれたダニエル・スワロフスキー(当時29才)がクリスタルカット用のマシーンを発明したところからスワロフスキーの歴史が始まった。
この技術を守るべく同業者の多い故郷を離れた彼はオーストリアのチロル地方にある水の豊富なワテンズという小さな村に移住。マシーンの動源力は水であったからだ。当時のジュエリーストーンはすべて手作業によるカットであったためマシーンによるカットはジュエリー業界に多大な影響を与えた。また彼が従業員達と楽しみで始めた合奏は現在まで受け継がれスワロフスキー・ミュージック・ワテンズという吹奏楽団として本格的に活動している。
ジュエリーストーンからスタートしたスワロフスキーは時代と反映しながら製品作りをしており、世界大戦中はクリスタルガラスを研摩する技術を生かし、ドイツ軍用望遠鏡や暗視スコープを製造していた。このような光科学技術の蓄積は双眼鏡「ハビヒト」等に現在も生かされている。
1970年代のオイルショックにより受注が減っていた当時ある職人が空き時間に余ったシャンデリアパーツをつなぎ合わせて作った動物のオブジェが大変良く出来ていたためすぐに製品化され、以降、クリスタルの動物や置き物はスワロフスキーの主力製品の一つとなっている。
スワロフスキーは現在、創業者の血を受け継ぐ第4世代のファミリーが中心となって運営。プロモーション担当のマーカス・ランゲス・スワロフスキー氏、そして宣伝の顔であるナジャ・スワロフスキー氏は共に30代という若さでありながら、スワロフスキーの原動力としてフレッシュなパワーとなっている。一族は欧米の社交界を彩る。彼らこそ正真正銘のセレブである。
スワロフスキー製品の透明感と、その輝きを生かした精密なカットの製法は、ごく少数の職人と創業者の血を受け継ぐスワロフスキーファミリーしか知ることができないと言われる。
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